2018年11月18日 (日)

ディーラーでまったり

おばんです!

ここしばらく、新潟県で登山だとか栂海新道がどうの、という休日ばかりで 「 Tsめ、最近はバイク乗っとるんか!? 」 とお感じの方も多いかと思いますが、バイクのほうも抜かりなく乗務しております (笑)  この週末はごく近場ですが、大阪市内まで行きディーラーに寄ってまったりしていました。 

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いまちょうど、新型のF850GSデビューフェアということでイベント開催のハガキが来ており、実車の見学を兼ねて 「最近登山環境ばかりだったから、バイクに囲まれてゆっくりしよう」 というわけです。店の前は上の画像の通りバイクてんこ盛ですね。

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初めて見るF850GSでしたが、エンジンが変わったことはもとより、800当時から質感は確実に向上していました。デザイン上もいかつさ前面の1200GS ( こちらも1250になりますが) とは異なった魅力があり、排気量や車重だけで選ぶのではなくデザインでこちらを選ぶライダーもいるのではないかと思います。

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改めて見ると、F800GSにはオプションながら、クラッチ操作なしでシフト出来るオートシフターがありました。 うーん、オフ車にそんなものいるんかなぁ !? これも他との差別化とひとつというところでしょうか。

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私は特にGSのファンということでなく、今回興味があったのはその排気量アップされたエンジンでした。 50ccアップされただけでなく、クランクも従来の360度から270度に変更、これでエンジンフィールがガラッと変わる結果になりました。当然、このエンジンはオフ車のGSのみならずロードスポーツのGTにも採用されることになるでしょう。 いま乗っているF800GTは回せばそこそこ力強くて滑らかさもあるのですが、ともかく発進時のトルクが全然ありません。 このあたりが新型エンジン搭載で改善されるかどうか、この先インプレやオーナーさんの声に注目していきたいところです。
ということで、上の画像のとおり真横に新型GSを見ながらコーヒーをよばれてまったりしてきました。この応接スペースは私のお気に入りスペースです。これから年末に向けて何かとせわしなく中、また来店してここでゆっくり過ごしたいところですね。
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2018年11月14日 (水)

20年ぶり登山、北アルプス栂海新道、白鳥山へ (1)

おばんです!

先日来、何度かご報告している 「北アルプス北端の1200m峰 白鳥山へ」 につきまして、簡単にご案内しておきます。 当家ブログでは登山記事を扱ったことがないのですが、管理人自身の備忘記録という意味も含めUPさせていただきます。
記録は11月3日(土)に行った林道橋立線から白鳥山の行程を(1) その翌週土曜日に行った親不知海岸から林道橋立線までを(2) としてお届けします。

【エピローグ】
まず、なぜ私が20年ぶりの登山をすることになったのかをご説明しておきます。ことの起こりは、新潟県の親不知にある古い鉄道用トンネルを見学に行った時のことでした。たまたまバイクを止めて撮った写真の中に「アルプスと日本海をつなぐ 栂海新道 ( つがみしんどう ) 登山口」という標柱が写り込んだ画像がありました。

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私も20代のころ多少登山をした経験があり、主だった登山道の名前ぐらいは知っていますが 「栂海新道」 というのは聞いたことなく、本当に親不知の海岸からアルプスなどへ行けるのだろうかと疑問に思いつつ、その時は特に気にすることもなく、ひと通りの見学を終えて金沢在住の先輩宅へ向かいました。

当ブログで何度かご説明していますが、金沢在住の先輩というのは私が新入社員として今の勤め先へ就職したとき大変お世話になったかたで、大学時代は山岳部に所属しておられたそうです。 そんな事もあって山好きの私と話が合い、折にふれいろいろご指導をいただき今もお付き合いいただいています。 先輩宅を訪問し親不知で見た 「 栂海新道 」 の話をしたところ、じつは自分も名前を聞いたことがあり、一度行ってみたいと思っていた。しかし金沢からかなり遠く、今まで足が向かなかったとのこと。 ついては、これもひとつの機会だから、近いうち一緒に栂海新道の白鳥山へ行かないか、宿はオレが提供する、ということで話がまとまりました。 

私も北アルプスの北端ということに興味があり、先輩と同行して登山するのは30年ぶりなので楽しみにしていたのですが、山行きの一週間前、なんと先輩が地域交流マラソン大会の練習をしていて右足を捻挫してしまいました (汗)
当然、登山とか出来る状態ではなく、さそって下さった先輩を置いといて私だけ行く訳にもいきませんので  「 先輩、もう11月ですし、足のお加減がよくなってから、また来年でも行きましょう 」 と提案しました。

ところが先輩いわく 「 Tsくん、君ももうすぐ定年だろう。定年を迎えると時間はいくらでもあると思うだろうが、実際はどんどん時間が経ってしまうのが実情だ。君はそのうち行ったらいいと思っているだろうが、自分の経験からして行ける時に実行しないと絶対に行けなくなるぞ!  楽しみにしていたんだろ? まずは君だけでも行ってきてオレに報告せよ。宿は予定通りオレが提供するから、今度は絶対ウチに泊まれ」 とのこと。
私もいろいろ考えたのですが 「 行ける時に行っておけ」 という言葉を重く受け止めて、今回はお言葉に甘えることにしました。


【栂海新道、坂田峠から白鳥山へ】
長い前フリでしたが、そういうわけで一人栂海新道の白鳥山を目指します。 白鳥山というのは、長大な栂海新道のルート上にある山で、登山愛好家には聖地的なルートの途中にある山なのですが、反面、地元の人にとっては 「 近くの峠に車を停めて行ける手軽な山」  「 冬はスキー場に行かなくても手軽に山スキーが出来るところ」 「 クルマで紅葉見学にいけるところ」 として人気があります。私たちの計画も、それに沿って 「 坂田峠の駐車場までクルマで行ってそこから歩けば、栂海新道を上る方向だとはいえ、時間が短いから大したことはない」 ということで、私も先輩と立てたその計画を使いひとりで行くことにしました。

これが、あとで計画変更をよぎなくされるのですが・・・詳細はあとで順を追ってご説明します。

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まずは富山市から国道8号線を新潟方面に向いて走り、新潟と富山の県境となっている 「境川」 の手前を右折します。信号のない交差点で右折車線もなく、手前に行き先の地名などを示す標識などもありません。

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同じ場所を国道8号線の新潟側 ( 糸魚川市の中心部から走ってきた場合 ) が見たところです。富山側から来たら境川の橋を渡る前に右折。 新潟側から来たら、橋を渡りきったところを左折になります。(新潟側から来ても、行き先案内などの標識はない)

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あとは曲がった先の県道を道なりに進めばOKです。 途中で境川を渡り2車線の立派な道になりますが、集落に入ると一車線になり、上の画像のようなガレージのある分岐点 ( T字路) 突き当たります。

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ガレージの上部には案内板が設置されていて栂海新道の坂田峠は右折になります。案内板の表示では 「 山姥登山道・十二社」 とされている方です。 判断が必要なのはここぐらいで、あとは走ってきた県道が基幹林道 (橋立線) に変わって少し道が悪くなるぐらいで、迷うようなところはありません。そのまま基幹林道から坂田峠駐車場へ行く枝林道(看板が出ている) の分岐点まで進みます。センターラインのない舗装林道を走りますが、道幅は普通車どおしならすれ違い出来る幅があります。

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基幹林道 (橋立線) から坂田峠駐車場へ行く枝道になる林道分岐点まで行くと・・・なんと枝道は災害復旧工事で通行止めになっているじゃありませんか (ぐはー!)
しかも、クルマだけではなく歩行者 (つまり登山者) も通行止めとのこと。登山者は橋立線をそのまま進んで、橋立線と栂海新道がクロスしているところから入ってくれとのことです。

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帰ってから糸魚川市役所の公示サイトをみたところ、2018年10月23日 (火) から災害復旧工事のため通行止めとなっていました。 私が行ったのが27日 (土) ですから、もう少しのところだったのですが。。。

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嘆いていても仕方がありませんし、ここで帰るわけにも行きませんので、そのまま基幹林道を直進して栂海新道とクロスする地点まで行き、ここで登山準備をして出発しました。
上の画像では右側に見えるハシゴ段を上がっていきます。

しかし、この橋立線のスタート地点から、本来クルマを止めてスタートする予定だった坂田峠まで、歩いて1時間ちょっとかかります。行き帰り同じ行路なので、今日は往復で2時間半ぐらいロスすることに・・ ( 大泣 )

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登山道は非常によく整備されていて、紅葉を見ながら淡々と進みます。

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途中、樹木がみな同じ方向に曲がっているエリアを通りました。たぶん雪の力でひん曲げられているのだと思います。この地は冬場2m以上積もることも珍しいことではなく、この地点よりもう少し上に行けば、6月ごろでも残雪が見られるぐらいです。

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標高が上がるにつれて、下界の景色が開けてきます。

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上の画像の地点は、地図でいくと特徴のある岸壁の形からして親不知駅の近くにある漁港付近のようです。

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途中で小さなお地蔵さんの置かれた尻高山677mを通過、ここまで、すでにかなりの登りです。

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尻高山を過ぎると、坂田峠の鞍部に向け少しづつ下っていきます。 さきには、峠の向こう側で登り返さないといけない山が見えてきました。 これが高速道路ならば、ここから同じ高さの橋をかけてそのまま行っちゃうんでしょうが、人力でいったん降りて、また登るというのはじつに痛いです (汗)

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林道橋立線から1時間15分ぐらいかかって坂田峠に到着・・枝道林道の通行止めさえなければ、ここからのスタートでよかったのですから、往復で2時間半のロスということになります (痛) さて、ここから親不知→北アルプスの上り行程で有数の登り坂である、金時坂に取り付きます。

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いきなり踏み段やらロープ場、また木の根道でスタートし、その繰り返しが小一時間は続きます。危険な箇所はないのですが、登り一方なのでほんとキツいです。栂海新道の上り行程  (親不知→北アルプス) では、ここ金時坂と親不知の国道8号線を越えてから30分ほど続く直登部分が、一番の急坂ではないでしょうか。

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たまに開ける展望が唯一の救いです。ともかく 「 ここさえ乗り越えれば 」 と黙々と進みます。数分歩いたら息を整えるために停止、ということを何度もしました。

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坂田峠から小一時間で、シキ割の水場に到着しました。この白い標識板・・Netで見る限りは2年程前にはちゃんと柱に付けられていたのですが、今は真ん中で割れています。ペンキもはがれてきていますし、これも老朽化なんでしょうか。

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水場にはコップが置かれていて、ふだんは生水を飲まない私も、かけつけ2杯イッキに飲みました。 なお、親不知側から行くと、この水場の手前は片側が崖、もう片側が深さ3~4mほどの小さな沢になっている間を登山道が通っています。 道の踏み面は幅30~50cmしかなく、しかも沢の側へ微妙に傾いているので、雨で濡れた落ち葉などがあると滑って怖いです。ここで沢に落ちるとめったに人が通らないところで大変ですから、通行される時はくれぐれもご注意を。。

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水場を過ぎても白鳥山に向けて急な登りは続きます。 よく登山関連のサイトやブログに 「 シキ割の水場を過ぎると坂が緩くなる 」 といった記述がありますが、実際は踏み段やロープ場がなくなるだけで、水場からさらに小一時間キツい登りが続きます。高度が上がってきて、海が見えるようになってくるのが、唯一の救いですね。

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やがて目指す白鳥山の山頂に、ポツリと小さく山小屋が見えてきます。山小屋が見えるところまで来ると、登り坂もだいぶ緩くなります。

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坂が緩くなり快調に進むと、少し開けた 「山姥平」 という地点を通ります。ここまで来ると白鳥山頂上まであと15分ぐらいです。 ちなみに、この周辺は山姥伝説のあるところで、ここ山姥平へは、山姥が住んでいたとされる洞窟やゆかりのある地点を巡る、もう一本の観光登山道でも来ることが出来ます。 ご承知の方も多いかと思いますが、伝承では山姥の子どもが金太郎・・のちの坂田金時と言われています。 スタート地点として予定していた坂田峠とか、登ってきた急坂が金時坂と呼ばれているのも、そうした関連から名づけられたものだと思います。

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しかし、その観光コースになっている山姥洞などをめぐる登山道も、例の災害復旧工事のため通行止めになっています。 もともと、今回の登山は同じ経路のピストンではなく、下山は山姥コースを通る予定だったので残念です。 また機会があればこちらのコースも通ってみたいですね。

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山姥平から15分ほどで白鳥山に到着しました。橋立林道を出発してから休憩も含めて3時間45分かかりました。本来なら、そこから1時間15分ぐらいは短縮できたはずなのですが  (汗)   山頂には白鳥小屋という無人の山荘があります。糸魚川市が設置しているもので、管理や予約受付は、登山道を管理している山岳団体さんがしています。ちなみに、さきに無人と記しましたが、宿泊には予約が必要です。

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この日は小屋の保守管理をしている方がお見えだったので、お願いして中を見学しました。上の画像は入口横の階段を上がって2階から下を見たところ・・長靴が揃えて置いてある右側が入口です。

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2階居室の内部、マットや毛布なども用意されて、管理人は常駐していないものの清潔で快適な環境です。宿泊料金は「お気持ち」を箱へ入れるシステムです。

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この小屋の特徴は外に鉄ハシゴがかけられていて、屋上展望台へ上がれること・・さっそく上ってみました。 いろいろなサイトで見る展望台画像は赤くサビついていますが、私が行った時は塗装業者が入って塗りなおしをした直後で、新品みたいにキレイでした。

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展望台からは360度のパノラマが楽しめます。 遠くの山にはすでに雪がありますね。 右手の一番奥に見える、上のほうに雲がかぶっている山は立山連峰の剱岳 (つるぎだけ) です。

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天候に恵まれて日本海もよく見えています。画像中央あたり、海と陸の接しているあたりが糸魚川市の中心部です。

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画像を拡大してみると、北陸新幹線の高架橋や糸魚川市の姫川港などがよくわかります。

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小屋で昼食をとって休憩したのち、少し早いですが下山します。 なんせ予想外の林道通行止めで、帰りも1時間以上余分に歩かないといけませんからね (汗)

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淡々と歩いて、スタート時に登った階段を慎重に降ります。足が疲れているのと、階段の踏み面が小さいので滑りそうで怖い・・最後の最後で階段から落ちたりしたら、シャレにもなりませんからね (笑)

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ようやくクルマを止めた林道橋立線に戻りました。下りは白鳥小屋を出てから2時間40分ほどでした。
ちなみに、登山道はこの先も、親不知海岸まで続きますが私はここまで・・ の、はずでしたが、これは後日談があります。それは第二部の 「北アルプス栂海新道、白鳥山へ (2)」 でご案内します。

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今回歩いた行程です。この栂海新道は9割の人が下り方向で利用するそうですが、今回一部の区間だけとはいえ、上り方向に歩いてみて多少ともキツさがわかりました。 栂海新道でシンドイところはそこらじゅうにあると思いますが、そうした中でおそらく上り行程で坂が強烈なのは今日の金時坂ではないかと思います。ここをクリアすれば、あとは冗長な登山道をいかに耐えて進むか、というあたりがポイントでしょう。

まあ、私はこのさき栂海新道にかかわることはないと思いますが・・が、この先まだ続きが出てまいります。そちらは第二部を製作しますので、よろしければご覧下さい。
バイク系ブログでの山レポ、ご覧いただきありがとうございました。

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2018年11月11日 (日)

今週も富山遠征でした(4輪)

おばんです!

最近、北アルプスだの何だのと登山づいていますが、今週末も前回の続きの山行きということで、富山県新潟県の境界周辺の山を手がけていました。

今回の山も「栂海新道 (つがみしんどう) 」 という、親不知海岸の海抜ゼロからスタートして北アルプスを目指すという長大な登山道の一部になっているのですが、前回この方面の山へ行った時、クルマをとめる予定だった駐車場への道が災害復旧工事で通行止めになり、本来の登山路以外の部分も往復2時間半ぐらい歩かされました。
つまり、本命の山だけ行く予定だったのが、工事のため予定外の部分まで歩かされたので 「 あと少しだけ足せば、海抜ゼロから標高1200メートル峰までつながる」 ということになったのです。 

このコースは距離が長いうえにアップダウンが多く、そのキツさからここを歩く人の9割が 「 北アルプス側 → 親不知海岸 (海抜ゼロ)」 の下りを選びます。 私の場合は、親不知の海岸から前回歩いた終了ポイントまで行けば、図らずも 「利用者の1割しかいない上り利用者 」 になるので、定年で時間に余裕が出来たとき、登山趣味を復活させればフルコンプリートするのも夢ではない、ということで、突如「今このタイミングで行ってしまおう 」 ということになりました。なんとも安直な考えなのですが、使えるものは条件を整えておこう、という発想です (笑)

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しかし、今回の遠征は富山方面の予報が 「曇りのち晴れ」 で、上の画像のように道中の空模様もまずまずだったのですが、現地へ近づくほどどんよりとしてきて、実際の天気は小雨と曇りという感じでした。

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まあ、それでも大降りにはならず、赤いハシゴ段のある前回遠征の暫定終点に到着し、なんとか 「 海抜ゼロメートル→ 白鳥山」 を達成できました  当ブログでもよくツーリングにご一緒させていただくわらしべブーツさんが、ウォーキングでのびわ湖一週などにチャレンジしておられますが、改めてやってみると自分の足で経路をつなぐって大変だということがよくわかりました。体調が良くて、テンションも上がっている時で、なおかつ遠征に使えるカネがある・・・の3つの条件が揃わないといけません。 この山行きの模様は一両日中に改めてUPさせていただきますので、ご一読いただければ幸いです。

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2018年11月 7日 (水)

月間1600キロ走行と!!

おばんです!

このところ、北陸にある鉄道跡地のトンネルめぐりや、北アルプス北端部分の山行き遠征などで、土日はフルに動き回っているのですが、ここでバイクに限って先月の動きを振り返ってみると・・・

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まずは、新潟の親不知へツーリングに行っただけで900キロあります。 そして皆さんとご一緒した福井県の鉄道史跡めぐりでも400キロ以上ありました。その他に早朝プチツーや近所でのチョイ乗りなどなど、、
あれこれ足してみると、10月のF800GT走行距離は何と1600キロをオーバーしていました。ここまで距離が出るのは、私としては珍しい・・というか、ひと月に1600キロも乗ったのは初めてです。一時は頚椎症性神経根症でバイクも当面は控えたほうがいい、なとど医者に言われていたのですから、自分的には奇跡的数値という感じです。

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先月は天候に恵まれた部分もありますが、自分としても「走りに走った1600キロ」だったと言えます。 これから少しづつ寒くなってきますが、天候の安定している限りは年末に向けて「ちょっと寒くてもバイク」を徹底して、距離を伸ばしていきたいと思います。

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2018年11月 4日 (日)

北アルプス白鳥山へ行ってきました (今回は4輪 )

おばんです!

先月、今月は北陸方面へ出かけることが多くなっていますが、じつはこの土日も新潟のほうへ登山に行っていました。 標題にもあるように、北アルプスのいちばん北端にある1000m峰、白鳥山行きです。

詳細は後日アップしますが、皆さん「なんで今さら北アルプスなの !?」 と思われることでしょう。私も登山現役時代に行った北アルプスのことなど当ブログで触れたことはないのですが、先月行った新潟県の親不知で、バイクを止めた場所でたまたま画像に写りこんでいる「日本海とアルプスをつなぐ」とうたっている登山道入口の案内が、ずっと気になっていました。

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かつて、北アルプスのいちばん高い峰にも登ったのだから、いちばん低い峰も行っておくと自分的な登山史を振りかえる時、まとめがつけやすくなり良いのではないだろうか?  ・・・まあ、タイソウな話ではなく、これはひとえに自己満足のためです (笑)

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10月に続いて2回目の糸魚川市訪問になりましたが、いったん 「 北アルプスへ行く 」 と決めたら勢いは止まりませんね。 幸い天候もに恵まれ、まずまずの山行きとなりました。

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大阪は紅葉もボチボチというところですが、新潟の山々はピークを過ぎてまだ少し残っている、という感じでした。 北アルプスの北端のヤマに登れ、紅葉も見学できて気分もリフレッシュということで、自分的には良い山行きが出来たと思います。

この登山の模様は、一両日中に改めてUPさせていただきますので、まずはご報告という事でよろしくお願い致します。

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2018年10月31日 (水)

炎上には炎上で対処と

おばんです。


以前はなかったのものの、Net社会になって生じたトラブルに「炎上」がありますね。 少し前までは個人の掲示板やブログなどでの発言をめぐって、個人間のゴタゴタが炎上の中心でしたが、今では東京電力福島第二原発にかかわる「不適切なタグ」での炎上や、例の沢田研二ドタキャン騒ぎに関するNet炎上など、いまや大企業や有名人でも炎上の中心になってしまうことが珍しくなくなりました。
そんな現代の厄災ともいえるNet上での炎上を、これまたNetで供養するお寺が新潟県にあるそうです。


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上の画面キャプチャはお寺の「炎上供養専用アプロード画面」ですが、これを見るだけで、かなりキレているお寺と思いますね (笑) しかし、このお寺、新潟県燕(つばめ)市の国上寺は西暦709年に創建された1300年以上の歴史があるリアルのお寺で、新潟県最古の歴史を持つそうです。

最初は何かのネタなのだろうと思っていたのですが、寺のご住職は大マジメで、炎上は現代社会で起きた災難のひとつである。これを供養して安んじせしめることで、Net上での無病息災がはかられるとのこと。 ううむ、何だかよくわからないのですが、これはともかく大まじめな取り組みということです。

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しかも、Net上での供養だけでなく、今月はリアルの火渡り供養も執り行ったそうで、まさに「炎上には本当に炎上で対応」ということですね(笑) お寺っぽい妙な説法臭さがなくて、誰でもウェルカムな姿勢に好感が持てるお寺です。いち個人レベルのブログ炎上などから、政治家の発言や社会問題的なレベルにまで発展する今どきの炎上・・今後お寺の専用サイトもますますにぎわうことになりそうですね。

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2018年10月28日 (日)

旧鉄道トンネルめぐりで福井へ

おばんです!

更新タイミングが前後しますが、今日は10月21日(日)に福井方面へ行った際の模様をご報告します。 福井行きの前週には土日で新潟の糸魚川まで行き、そして今週は福井県とすっかりロングツーづいているのですが、今週福井へ出かけたのにはワケがあります。

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上の画像・・・新潟県糸魚川市親不知海岸に今も残る、旧北陸本線の廃止トンネルを徒歩で探索し 「大正元年竣工とか、よくこうしたものが残っているもんやな」 と感じ入ったのですが、帰ってからNetで関連情報を見ていると、北陸本線は開設されてから今までに路線付け替えをした区間が多く存在することを知りました。 
特に福井県の敦賀市周辺には、親不知で見たトンネルよりも、さらに古いものが道路として活用されていて、徒歩ではなくバイクで走ることが出来る、とあります。そこまでわかったら 「これは行かなきゃ !」ということで(笑) 2週連続のロング、それも北陸方面行きとなりました。

なお、最初にお断りしておきますが、私は鉄道や土木構造物について全然知識がなく、たんに 「バイクで鉄道トンネルを走ってみたい」 ということだけで行きました。 よって鉄道とか廃線跡や廃止トンネル、また鉄道の歴史などを検索して来ていただいた方には、ぜんぜん参考になりません。あらかじめご了承のほどお願いいたします。

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まずは今回ツーの集合場所、滋賀県大津市の道の駅米プラザへ到着、なのですが、時間が早すぎて誰もいません。天気は「これぞ正にツーリング日和り」という感じで、雲ひとつなく・・・こうした快晴で、走っていて暑くも寒くもないツー日和りも、たぶん今年はあと1回か2回というところでしょう。

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急にバイクが増え始め、今日のメンバーも到着されます。遠景に見える山は、滋賀と京都の境にある比叡山のつらなり・・私はこの道の駅米プラザへ何度きたか思い出せないぐらいですが、そんな中でも山がここまでスッキリ見通せる日は珍しいです。

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ほぼ予定通りに米プラザを出発。 速攻で鉄道施設へ向かうのは私の流儀ではありませんので、ここはまず定番の 「マキノ町メタセコイア並木」 を見学します。まずキホンはツーリングですからね (笑) 上の画像では奇跡的にクルマが1台も走っていませんが、これはラッキーなタイミングだっただけで、実際はひっきりなしにクルマとバイクが走っています。

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メタセコイヤ並木をあとに、10分ほど走って道の駅追坂峠 (おっさかとうげ) に到着。ここで休憩ののち、近くの廃止された鉄道トンネルへと向かいます。

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最初は北陸本線旧線区間にある柳ヶ瀬トンネルです。ここは昭和32年に北陸本線が電化される際に、路線そのものが別の場所へ付け替えになりました。しばらく旧線区間として残ったものの、のちに廃止されて線路用地とトンネルが道路用となっているものです。 この柳ヶ瀬トンネルの竣工は何と明治17年 (!)  日本で始めて新橋横浜間に鉄道が開通したのが明治5年で、それからわずか12年後には、ここ滋賀と福井の山に中に鉄道が敷かれたのですから、この地域の鉄道先進性たるや驚くばかりです。 ここへくる前の週に行った親不知トンネルもレンガ造りで古めかしかったですが、それでも竣工は大正時代・・この柳ヶ瀬トンネルは明治の鹿鳴館時代といわれる頃に造られ、134年たった今でも現役道路トンネルなのですから、その活躍たるや驚くばかりですね。

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ちなみに、このトンネンの長さは1352m、ここへ来る前の週に歩いて通過した同じ北陸本線の親不知トンネルのほぼ倍の長さですね。 福井県道140号線に位置し、交互信号による一通で、1回の待ち時間はなんと6分30秒になっています。

ここから柳ヶ瀬トンネルを東へ進み、出口の先で合流する国道365号線を北進して、福井県南越前町の今庄をめざします。今庄から敦賀の間には福井県を嶺北地方 (福井市や芦原温泉があるエリア) と嶺南地方 ( 敦賀や小浜があるエリア) に分断している山があり、、いまの北陸本線は延長が13kmもある北陸トンネルでこの山をズバッと抜けていますが、昭和37年に北陸トンネルが複線電化で開通する前は、SLやデーゼル車が単線で急峻な山間部の路線を走行し、北陸本線における輸送上のネックになっていました。

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これを改善する形で北陸トンネルが開通し、もとの山越え路線は県道207号として道路になりました。 山間部の路線ゆえ当然に多数のトンネルが設けられていて、県道化とともそれらのトンネルもクルマやバイクで走れるようになったわけです。

国道365号を今庄方面へ進み、南今庄駅付近から県道207号線 ( 線路跡の道路) へ入ります。しばらくはバイクだと走っていて登り坂になっていることにも気が付かないぐらいの道を走ります。

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今庄から敦賀方面へ向かう旧線路跡県道で、最初に目にするのが廃止区間にあった大桐駅の跡地です。駅の由来や構内図、またSLの動輪などが配置され 「 行政の手が入っているな 」 というのがよくわかります。 なお、大桐駅の周辺に集落などはなく、線路跡の道路を敦賀方向へ1kmほど進んだところに実際の集落があります。

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もと線路だった道路を走り、少しつづ高度を上げていきます。線路の勾配はゆったりしたものですが、このあたりになるとバイクで走っていても、アクセルのツキなどでハッキリ坂を意識します。

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南今庄からひとつ目の山中トンネル入口です。 ここは柳ヶ瀬トンネルほどではないものの、それでも延長1194mの長さがあるのですが、トンネルが一直線のためか交互信号がありません (^^;; 向こう側の出口は目を凝らしてみても針の穴ぐらいにしか見えず、ヘッドライトをHiにしてえいやっで進むしかありません。バイクなら中で普通車をギリかわせそうですが、車同士だと絶対に無理・・はち合わせしたらどうするんでしょうね (冷汗) ちなみに、ここは山中信号所という列車すれ違い施設が設けられていたところで、今庄から敦賀までの間の最高所 (標高約260m) になります。

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山中トンネルを出て、中でカーブしていて先が見通せない伊良谷トンネルで交互信号に引っかかります。ここは待ちが3分でまだマシなほう・・というか、3分待ちでもええかげん長いと思うのですが、柳ヶ瀬トンネルの 「6分30秒待ち」 に最初で慣らされてしまっているので 「 3分、ああそうなの」 という感じです (笑)

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トンネルを出たところで視界が開け、敦賀湾の大パノラマが出現しました。今まではピンと来なかったのですが、当然ながら海抜0である海が見えると、高度感がハッキリしますね。この場所で山中トンネルの標高約260mから少し下がり、標高220mぐらいになります。標高が5mほどの敦賀駅から、10kmほど進むうちに蒸気機関車がこの高さまで到達するのですから、改めて考えると過激な登りですね。

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しかし、上の画像を見ていて 「 どこかで見たことのある景色だが思い出せない、たしかに見た記憶がある。はて、どこで見たのだろう??」 とずっと考えていたのですが・・・そう、思い出しました。ごく最近少し違うところから見ていたのです。

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上の画像は前の週に新潟へ行った時、たまたま国道8号線の沿道で敦賀湾をバックに写した画像です・・高度こそ違いますが、2枚上のパノラマな景色と同じところを写していたんですね。 2枚上の画像で中央から右側に見えている山と、上の写真のバイクの後ろの山は同じ山です。ただ、1枚は海抜ほぼ0メートルで撮り、もう1枚は海抜220mで撮ったもの。そりゃ「どこかで見た記憶が・・」のはずです (笑)  上の画像を撮った近くに杉津 ( すいづ ) という海沿いの集落があり、2枚上の画像を撮った近くの山の中にも杉津駅があったそうで、今は北陸道の杉津PAもあります。 両者はずいぶん離れていて標高も違いますが、どちらも同じ杉津なんでしょうか?? (謎)

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いよいよバイクで走るトンネルめぐりも終盤です。 柳ヶ瀬トンネルの6分30秒待ちには及びませんが、それでも一通信号待ち時間5分の葉原トンネルで青信号を待ちます。上のほうに見えている緑のトラスは北陸自動車道の下り線 (福井、金沢方面車線) です。

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この葉原トンネルは、入口にもラスボスらしい貫禄がありますね (笑)  ちなみに、親不知トンネルの入口壁面は全てレンガ製でしたが、こちらは石積みです。この路線のトンネルは半分レンガ、半分石積みとか、全部石積みとかが多いです。この時期はまだ土木の技術が発展途上にあるので、用途が同じでも施工された年代やエリアによって、素材や設計がかなり違いますね。 また柳ヶ瀬トンネルの入口画像とこの葉原トンネルを見比べてもらうと、同じ明治でも29年に開業したこちらのトンネン断面の方がずっと大きくなっています。 柳ヶ瀬トンネルのほうは、基本設計を始めたのがまだ 「汽笛一声新橋を・・・」 などと歌われていた鉄道開通からさほどたっていない頃ですから、使われる機関車もデゴイチなどフルパワーモデルを想定していない、小型モデルを基準に設計されていたのでしょう。

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トンネル内部は線路こそないものの、照明をあと付けしただけで現役当時そのままの姿です。親不知トンネルを歩いた時は、トンネル内部の空間を広大に感じたのですが、バイクを自分で運転して走ってみると、路面の流れや壁面の近さを体感して意外に狭く感じました。実際のところ、フルスケールモデルのSLだと、車体と壁面の間隔はほんの少し空くだけでしょうから、熱気とばい煙で運転手も乗客も本当に大変だったと思います。

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葉原トンネルをでたところ。もとの線路らしいゆったりとした右カーブが続きます。両側がかなり広くなっていますが、ここには列車すれ違いをするための葉原信号場が設けられいました。

この区間は山の中の単線路線ながら、かなりの輸送量があるため、敦賀と今庄の間には
・・敦賀駅==(深山信号場)==新保駅==(葉原信号場)==杉津駅==(山中信号場)==大桐駅==今庄
・・・と、列車すれ違いをさせるための駅として扱われない 「信号場」 が乱立し、頻繁にすれ違いや追越をさせながら列車を捌いていたそうです。

信号場の先で旧の線路跡道路 (県道) は国道476号線に吸収され、北陸自動車道に沿ってゆっくりと敦賀の市街地へ下っていきます。

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線路跡の道路が国道に吸収される・・と書きましたが、その国道も鉄道敷地を拡幅したもので、ここもやはり線路跡道路ということになり、道路の横にもとの鉄道用トンネルが歩道として残っているところもあります。 上の画像は樫曲トンネルという87mの短いトンネルですが、以前は国道2車線のうち、鉄道トンネルが北行き車線として使われていました。今は横にそれる道路が2車線の幅で出来たのでクルマは通らなくなりましたが、少し前までは国道も旧鉄道トンネルそのものを使っていた珍しいパターンでした。

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敦賀市内に到着し、ファミレスで休憩します。向かいに見える大きなビルは滋賀県を地盤とする平和堂系の大型商業施設です。 北陸とはいえ、敦賀市は大阪から新快速電車もきていますし滋賀県のスーパーのテリトリーでもあって、完全に関西圏の一部といえそうですね。

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敦賀市で昼食ののち、夕方の帰宅渋滞が始まる前に帰路につきます。あと一ヶ月もすると本格的に寒くなってくると思いますが、この日はスタートから解散までずっと好天に恵まれ、暑くも寒くもない走りが楽しめました。画像は湖西道路の和邇IC横にある「道の駅 妹子の里」へ最後の休憩のため立ち寄ったところです。 この日はツーリングとはいえ、トンネルや駅の跡を見学するため停車が多く煩わしかったことと思います。ご一緒させていただいた皆さま、ご協力まことにありがとうございました。

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2018年10月24日 (水)

ツーリングで新潟県の親不知へ (2)

おばんです!

さる10月13日(土)と14日(日)に行った「親不知、金沢ツーリング」の後編です。前編では旧北陸本線で廃止になったトンネルを歩いたのち、親不知の海岸まで降りて海から親不知の断崖をながめました。 今回はその続きになります。

前編はこちらから

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親不知の海岸から、バイクを停めた国道の高さまで階段 (遊歩道) を登り返していきます。 改めて見ると、廃止された線路を落石からガードしていた落石よけの柱は、細すぎてまったくキャパ不足ですね。 あんなので巨岩が落ちてきたら、ひとたまりもないでしょう (汗)  もっとも、そのあたりも見越して、複線電化する際はこの部分を廃止し、別の場所に施設を作り直したのかもしれませんが。

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海抜ゼロから登りなおしてゆくと、階段部分が終わって普通の山道になっていました。上の画像で天の部分の明るくなっているところが駐車場です。(海抜 約80m)

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バイクまで戻り、ヤレヤレと休憩していると、バイクの後ろに 「登山道入口」 という表示があるのに気が付きました。はて、何でこんな駅やバス停からはずれた場所に登山道の入口が!?

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円柱状の標識 (というのか?) を見ると、アルプスと日本海をつなぐ登山道とあります。そりゃまあ、ここは北アルプスの山のいちばん北端に当たるのですから、ここから山の中をたどっていけば槍ヶ岳とか穂高とか行けると思いますが、ふつうはJRの白馬駅や信濃大町駅、また南小谷駅がスタート地点になるのでは?  こんな場所からスタートするって、「ホンマかいな!?」 と思いますね (汗)

ちなみに、家へ帰ってから調べて知ったのですが、この登山道は「栂海新道(つがみしんどう)」というそうで、ここ親不知を起点として (あるいは終点にして) 北アルプスの朝日岳近くまで開設されているらしく、日本では珍しい一般の個人が開設した登山道なんだそうです。北アルプスの中心部から来てここを終点にするのは、全般に下り方向となりますが、ここをスタートにして朝日岳のほうへ向かうのは、登り方向になるのでかなりキツいでしょうね。Netで調べてみても、このルートを使う人の9割は下り方向(北ア中心部→親不知)で、登りで使う人はせいぜい1割とのこと。途中に著名な山が鎮座しているならいざしらず、北アルプス末端の消化試合的な部分ですし、なにより冗長ですからどうしてもそうした流れになってくるのでしょう。

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どんな登山道なのだろうかと思い、4段ほどの階段を登って、2つ上の画像で擁壁の後ろを通っている登山道へ上がってみると・・・ うーむ、ほとんど踏み跡が付いておらず、草ぼうぼうのままでした。駐車場から廃止された国鉄トンネル前を通って、海に下りる小道のほうがよっぽどしっかり踏まれていて登山道っぽい感じです。

私がまだ現役で北アルプスなどへ行ってたころは、雪倉や朝日岳のほうへ向かうと北俣小屋から小川温泉へ下山するのが一般的で、栂海新道というのは聞いた事がなく山地図にも表示がありませんでした。まだ開設されて間がなかったか、その頃はあくまで補助的なルートと見られていたのかもしれません。 はたして今はどうなんでしょう、さきほど見た踏み跡の薄さからして、今もメジャーなルートではなく相当なマニア向けルートになっているのではないかと思うのですが。

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さて、この日は昼すぎまで親不知周辺の見学をして、そのあと石川県金沢市にある、先輩宅へと向かいました。前の金沢ツーの時に少し触れましたが、この先輩は私が会社に就職したときの係長さんで、その後もいろいろお世話になった方です。異動で金沢支店に赴任されたとき土地柄が気に入られ、退職後はこちらに自宅を購入され、今は名実ともに金沢の人になっておられます。
いつも年に一回程度訪問させていただいており、今回も「何としても家に泊まっていけ」と指示を受けたのですが、自宅でご家族の介護をされているのを知っていますので、また機会を改めてと伝えてそこそこの時間に辞去し、予約してある市内のビジネスホテルへ移動しました。

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翌日は大阪へ帰るだけの行程ですので、ゆっくりと走ります。朝は冷えたうえ少し雲が多い天気でしたが、幸い降られることもなくマイペースで走ることが出来ました。

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ちょうど体育の日があった3連休の翌週の土日なので、どこへ行ってもあまり混まず渋滞もナシで走れました。 上の画像は始めて立ち寄った名神の桂川PAです。今まで自宅まで近すぎてここへ寄ることがなかったのですが、今回は下道、高速ともに流れが良くて福井県からここまでイッキに走ってしまい 「 さすがにここらで休憩しないとマズイだろう」 ということで初めて桂川PAに入り、一息ついてから45分ほどで自宅に戻りました。

しかし、改めていうのもなんですが、いま乗っているF800GTは意外にツーリング性能が高くて驚いています。 今シーズンは春先の鳥取県大山行きや今回の新潟県糸魚川市など、1日あたりの走行が600kmクラスのツーが多いのですが、それでも肩や首が凝ったり痛くなることもなく、以前にやらかした頚椎症性神経根症がぶり返すということもありません。

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また、何の変哲もないカウルやスクリーンですが、たいへん防風効果が高く、これも高速ツーリング時の疲れを最小限に抑えているポイントだと思います。BMWバイクで高速道路を多用するツーリングといえば、空冷水平対向エンジン当時からのお家芸ともいえるのですが、その美点はF800GTにもしっかり引き継がれているようです。もう少しパワーや伸びが・・・と思わないこともありませんが (笑) そのあたりは800ccツインですから、あまり多くを望むのもむずかしいところかと。このあたりは割り切って淡々とした運行を楽しむバイクといえそうです。残る今年のツーリングシーズンも 「意外なベストツーリングマシン」 ということで、淡々と遠出のハシリを楽しんでゆきたいと思います。

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2018年10月21日 (日)

今週もロングツー@福井県へ

おばんです!

ちょうど一週間前はF800GTで新潟のほうへいってましたが、今日も私としてはけっこうロングツーで福井のほうまで行きました。いまはもう「本格的に寒くなる前にもう一押し乗っといたろ」という感じです(笑) きょうのツーはちょっと変わった趣向で「バイクで鉄道廃線トンネルを走る」というのをやってみました。 ツーレポでも触れた通り、ちょうど一週間前に、新潟県の親不知で「中を歩ける鉄道廃線トンネル」を歩いた訳ですが、ネットでその関連の情報を見ていると、廃止トンネルを歩きではなくバイクに乗ったまま (もちろんクルマでも) 通れるところがある、ということで、今度はそちらをチェックしようと、福井のほうへ行ってきました。

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先週の歩ける廃線トンネルは北陸本線でしたが、今日の廃線トンネルも北陸本線です。同線は無理して早期開通をはかったぶん、後になってからの手直しや路線変更が多かったのでしょうね。 こうして廃棄施設が今は市道などに転用され、電車こそ走りませんが、上の画像のように元の線路用地とともに今も現役で使われているわけです。

実際のところ、廃止されているとはいえ鉄道トンネルをバイクで走るなど初めてで、まさに気分は電車の運転手さんです。上の画像は、その中でも距離が長くて内部がカーブしていて見通せないトンネルで、中でクルマどおしが鉢合わせしないよう、入口に交互信号があります。中央上部に見えている緑色の上路トラス橋は北陸道・・鉄道のほうは明治時代に敷設され路線変更で廃止されましたが、かわってずっと後で登場した高速道路がほぼ同じコースを踏襲しているって「結局、通るところはここしかないんかいっ!」 という感じで何かおもしろいですね (笑)

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そんな形で鉄道色が濃いツーでしたが、上の画像のメタセコイヤ並木など、今日は「観光色」も十分なツーでした。 ご一緒させていただいた皆さま、今日は秋晴れのもと楽しく走れました。 このツーレポのアップは、まず先週行った新潟県親不知行きの後編の記事を先にUPしたのち、続いて今日の福井県行きの分をUPいたします。 よって今日のツーの模様はご報告がほぼ一週先になりますが、記事から 「廃止した鉄道トンネルを走れるところがあるんや」ということを知っていただければ幸いです。 

〇 記事UP予定として、24日(水)に新潟県親不知 28日(日)に今日の福井行きのUPを予定 していますのでよろしくお願いいたします。

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2018年10月17日 (水)

ツーリングで新潟県の親不知へ (1)

おばんです!

さきにもご案内しましたが、2018年10月13日(土)~14日(日)に新潟の親不知海岸へ行ったのち、金沢市にある先輩宅を訪問するツーリングに行ってきましたので、ここで行程を記録しておきます。 このツーリング・・本来は9月に2回あった3連休に行く予定でした。しかし台風が来たり、台風でなくても3連休の真ん中が雨予報で動くに動けない週末が3回続き、10月になって4回目のチャンスでやっと天気が落ち着き出発できたものです。

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私はツーリングといっても特に早起きしたりはしないのですが、この日はなぜか早く目が覚めてしまいました。 やはり「金沢ツーに挑戦し、4回目にしてやっと出発できる」というので、ワクワクしていたのでしょうね (笑) 上の画像の時刻は4時26分、気温は13.5度となっています。このあと準備をして自宅を5時に出発しましたが、私がふだんこの時間に動くというのは、始発の電車で東京へ出張する時か、ツーリングぐらいしかありません。

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名神を京都東ICで出たのち、湖西道路と国道161で福井県の敦賀市へ。 真っ暗な高速を走ってきましたが、ここまで来ると明るさは十分で、ひと息つきながら敦賀湾を背景に写真を撮ります。
ここから国道8号線を北上していきます。 私のツーリングはキホン下道ゆえ、市街地の渋滞がひどいところだけエスケープコースとして高速を利用し、流れの良いところは下道を使います。行き先が新潟県であってもキホンは同じで、今回の往路で高速を使ったのは、近畿自動車道の松原から吹田を経由して名神の京都東までと、金沢市街地を抜けるためのインター2つ分ぐらいの区間、あと富山市の周辺だけでした。

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11時すぎに金沢市に到着。出発時の気温は13度ぐらいでしたが、この時間になると20度ぐらいまで上がってホッとします。寒さ対策で1枚よけいに着込んでいたウェアを暑くなって脱ぐ時って、ツーリングをしていて幸せを感じる時ですね (笑)

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途中で昼食タイムを入れたりして8号線を淡々と走り、13時に新潟県の親不知へ着きました。 トンネル出口の画像なんかUPして、どんな意味があるねん? と言われそうですが、昭和41年にこのトンネルが開通する前の、旧道にこのツーリングのポイントがあります。

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このトンネルは「天下の険」を略した天険トンネルという名称です。設備名に地名などを充てるのではなく 「天下の険だっ」 と名乗ってしまうところがすごいですね。 日本でおおっぴらに  「天下の険」と言ってるのは、ここと箱根ぐらいではないでしょうか?  画像に写るガードレールのところまで行き左手を見ると、ひとつ前の画像にあるトンネル出口が見えます。
ガードレールの右側から白い車が見える間の部分が、国道8号線の本線車線です。

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上の画像を撮った位置で90度横を向くと (正面を向くと) 国道8号線を挟んで反対側に駐車スペースと「親不知観光ホテル」 という宿泊施設が見えまず。建物の前に白い軽商用車が見えますが、この軽の停まっている位置が国道8号線の旧道・・いまは市道に格下げされていますが、ホテル建物のウラを回って道が伸びています。

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ここで周辺の案内を。上は自治体の発行した親不知の案内パンフですが、天険トンネルに取って代わられた部分の旧8号線は、いま市道に格下げされて「親不知コミュニティー道路」として整備され、歩行者自転車専用道になっています。 この旧8号線が出来る前は海岸の波打ち際部分にしか道がなく、旅人は大変な難儀をして通行していたとか。それを改善するため明治16年に崖の上に、今のコミュニティ道路 (当時は国道) が開設されたそうです。

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昭和41年にトンネルが開通し、いまはコミュニティロードとなった旧国道を進みます。 けっこう急なカーブで幅員も5~6m程度というところ・・・昭和41年当時、貨物輸送の中心はまだ鉄道だったでしょうが、カーブしながらこの道幅だと大型自動車などはスンナリ離合できず、昭和40年代ですら大変なネックになっていたと思われます。徒歩旅行の時代もネックだった親不知ですが、明治に入り国道で近代化されてもまだ大変なところだったのでしょうね。

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コミュニティ道路から見る北側の海岸線。、ちょうど観光パンフなどによくある絵柄ですね。写真の山は槍ヶ岳とか白馬岳などから山脈としてずっと続いてきている北アルプスのいちばん端っこで、ここで海へドスンと落ち終点になるわけです。山の中腹に見える落石避けのある道が現国道8号線。かつて国道8号線が出来るまで旅人が歩いていた海岸の浜辺は、もうほとんど残っていません。場所によっては断崖になっている所もあり、荷物などを持たず空身で歩くだけでも命がけだったと思います。

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明治10年代の土木技術で、山全体が岩のようなところをよく開削できたものだと思います。まだ発破などの技術も稚拙だったと思われ、おおかたが手作業だったのではないでしょうか。

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ひとつ上の画像の右側に見える垂直の岩盤に、開通を記念する刻印が残っています (実際の文字サイズは、ひと文字1m角ぐらい) 右からの読みなので、いまの表記で 「如砥如矢」・・砥石のように滑らかに、矢のように速く (早く) ということでしょう。今まで波打ち際を命がけで歩いていた苦労から開放された歓びが伝わってくるようですね。 だって、こんな硬そうな岩に、わざわざ1m角ぐらいの文字を彫っちゃうほど喜んだのですから (!)

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さらにコミュニティー道路を進むと、右側に「親不知レンガトンネル」という表示があり、階段が設置されています。

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造りはしっかりしているものの、とんでもなく急な階段を下りてゆきます。雨上がりや朝露などで踏み面が濡れている時は要注意です。

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道路面から30~40mは降りてきたでしょうか。 階段を降り切る手前で、レンガ造りのトンネルが見えてきました。

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なんと、人けのない谷底みたいなところに、立派なレンガ造りのトンネルがあり坑口右側に案内板が設置されています。 これは明治40年に着工して大正元年に開通した、北陸本線の親不知トンネルで、昭和40年まではSLやジーゼル車で単線運転していたところ、輸送力増強のため北陸本線を複線電化することになり、この区間は別線化され使われなくなりました。
その後、昭和47年になって当時の国鉄がトンネルを地元である青海町(現在は糸魚川市)に払い下げ、それを観光用に整備して公開したそうです。
 
北陸本線は、開設当時の場所から線路を付け替えた区間が多く、いまもレンガトンネルが多く残っています。 福井県敦賀市の周辺にはもっと古いトンネルが多く残っていて車で通れるレンガトンネルも多いので、親不知トンネルは特に珍しいということもないのですが、内部がほぼオリジナルのままで残され、歩行者専用で公開しているところにバリューがあると思います。

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このトンネルは667mあり、向こう側まで抜けられます。糸魚川市のキモいりで公開されているだけに、トンネル入口には市役所が懐中電灯 (LEDライトでした!) を用意してくれています。 私もさっそくひとつ借りて歩き始めます。

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トンネル内の軌道部分は砂利がそのまま残っていますが、端の1mぐらいは簡易舗装されているので、普通の道を歩く感覚で進めます。しかし、私は閉所恐怖症でなく、日常生活レベルの暗いところも別に怖くないのですが、さすがにトンネル中央部まできて両端からの光が届かなくなると怖かったです。何度も不必要に後ろを振り向いたりしましたね (笑)  画像では照明が明るく写っていますが、実際はもっとボーッとして薄明るい程度で、照明と照明の中間部分は、ほぼ暗黒です。 ちょうど、この真上をさきほど歩いていた旧国道が通っているわけですね。

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反対側へ出てきました。出口を出てすぐのところにも続いてトンネルがあります。 ここで借り物の懐中電灯を回収箱に戻します。この懐中電灯貸し出しも良いアイデアなのですが、私が入った側の箱にはひとつしかなく、出口側の箱には6つぐらい溜まっていました。ううむ、このあたり市役所さんのほうで何とかしてもらえないでしょうか。

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親不知トンネルを出て、前に続いているもうひとつのトンネルを見たところ。こちらは坑口が崩れていて整備されておらず、当然ですが公開されていません。私が立って写真を撮っている場所と向こう側に見える落石ガードの間には小さい沢があるのですが、鉄橋は外されていて向こう側へ渡ることは出来ません。

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この親不知トンネル出口には、海岸へ下りる階段が設けられています。せっかくですから、海沿いを歩いていた昔の旅人の気分を味わうべく降りてみます。( ひとつ上の画像の説明で「小さい沢」としているのは、上の画像で階段の右側に写る流れです )

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ついに天下の険と評された親不知の海岸に降り立ちました。 上の画像で海に接している岩が、北アルプスがいちばん北側に出っ張った部分ということになりますね。 なお、この日は天気こそ悪くないもの風が強く、時おり高い波が打ち寄せてきて、正直怖かったです。昔の旅人はここを歩いたとのことですが、当時はもう少し浜の部分が残っていたとしても、ちょっと海が荒れたりしたら、とても歩けるような場所ではありません ( 実際に現地に行ってよくわかりました )

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海岸の位置から、いま降りてきた鉄道トンネルや階段のほうを見たところ。 各ストラクチャーの高さ関係がお分かりいただけるでしょうか? 
「国道の高さ→」と示しているのは、バイクを止めた国道沿いのところ、観光ホテルのある位置で海抜約80mです。 「 ←線路の高さ」としているのは、歩いて抜けてきた親不知トンネルのある高さ、海抜約40mです。上の画像では坑口が崩れている向かい側のトンネルに付属の落石よけが見えていますね。 さすがに線路は、当時のSLでは国道位置まで登れないとみえて国道の半分ほどの高さを通っていますが、それでも天下の険を通過するということで、ギリギリがんばった結果なんでしょう。 国道も線路も、明治時代の技術ではほとんど手作業か補助的な機械を使ってのことですから、よくここまでやったものだと思います。


長くなりましたので、ここまでを第一部として、続きは改めてUPいたします。


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